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札幌地方裁判所 昭和45年(ワ)1774号 判決 1973年1月23日

原告

安藤正則

右禁治産者選定後見人

安藤正雄

原告

安藤正雄

原告

安藤サト

右原告三名訴訟代理人

武田庄吉

被告

共同交通株式会社

右代表者

川上登貴松

右訴訟代理人

山根喬

右訴訟復代理人

猪股貞雄

主文

一、被告は、原告安藤正則に対し金一〇〇、〇〇〇円を、原告安藤正雄、同安藤サトに対し各金二〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年一二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告は、原告安藤正則に対し、昭和四七年一月一日から同原告の死亡するに至るまで、毎月末日限り、昭和五〇年三月三一日までは一月あたり金四四、九〇〇円を、昭和五〇年四月一日から昭和五五年三月三一日までは一月あたり金四九、七〇〇円を、昭和五五年四月一日から昭和八七年一月三日までは一月あたり金五五、一五〇円を、昭和八七年一月四日以降は一月あたり三〇、〇〇〇円を、被告が期限を徒過したときはその翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を付加して支払え。

三、原告らのその余の請求はいずれもこれを棄却する。

四、訴訟費用はこれを十分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

五、この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  請求の趣旨

一、被告は、原告安藤正則に対し金三〇、〇〇〇、〇〇〇円および内金二八、九〇〇、〇〇〇円に対する昭和四五年一二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告安藤正雄、同安藤サトに対し各金五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年一二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二  請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三  請求の原因

一、(事故の発生)

原告安藤正則(以下、「原告正則」という。)は、次の交通事故(以下、「本件事故」という。)によつて、傷害を受けた。

1、発生日時 昭和四四年一〇月一八日午前八時四〇分ころ

2、発生場所 札幌市菊水西町七丁目先路上(以下、「本件道路」という。)

3、加害車 普通乗用自動車(札五き四三九号)

右運転者 訴外清水勝利(以下、「訴外清水」という。)

4、被害者 原告正則(加害車に追従して原動機付自転車を運転乗車中)

5、事故態様 訴外清水は、加害車を運転して本件道路を進行中、突然ユーターンをしたため、これに追従して進行していた原告正則運転の原動機付自転車が加害車に衝突し、原告正則が路上に転倒した。

6、結果 その結果、原告正則は、頭がい骨骨折、脳裂傷等の傷害を受け、国立札幌病院、市立札幌病院において、三回にわたる手術を含む入院治療を今日まで続けているが、外傷性脳萎縮、二次性脳幹損傷のため、自律性を喪失し、無動性無言症の状態の、いわゆる「植物人間」と化し、今後の回復の見込みさえ全くない。

二、(責任原因)

被告は、加害車を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、原告らが本件事故によつて被つた次項の損害を賠償する責任がある。

三、(損害)

原告正則は昭和二四年一月四日生れ(本件事故時二〇才)の男子であり、原告安藤正雄(以下、「原告正雄」という。)はその父、原告安藤サト(以下、「原告サト」という。)はその母であるところ、本件事故による原告正則の傷害により、それぞれ次のような損害を被つた。

(1)  付添看護費用相当の損害(原告正則)

一七、七六七、八八三円

原告正則の傷病の状態は前記のとおりであつて、本件事故当日より、原告サトと近親者の訴外佐藤キエの両名が常時原告正則に付添い、昼夜交替でその看護介助に専従してきた。そして、仮に原告正則が将来意識を回復することがあつても、脳萎縮、脳幹損傷という傷病に鑑みると、同原告が自力で日常生活を営むことはとうてい期待しえず、その終生にわたり終日不断の付添看護を必要とする状態が続くものといわねばならない。従つて、原告正則は、一日あたり二、〇〇〇円(付添看護人一人一日につき一、〇〇〇円)の付添看護費用相当の損害を被つたものというべく、その損害額の合計は、次のとおり、一七、七六七、八八三円と計算される。

1、昭和四四年一〇月一八日(本件事故当日)から原告正則が満二一才になつた日の前日である昭和四五年一月三日までの間の損害

2,000×78=156,000

2、昭和四五年一月四日から原告正則の平均余命年数(48.17年)の損害(同日を基準として、ホフマン複式年別法により中間利息を控除)

60,833×12×24.126

=17,611,883

156,000+17,611,883

=17,767,883

(2)  入院諸雑費(原告正則)

一一三、七〇〇円

原告正則は、本件事故当日から現在まで入院中であり、終生退院できる見込はない。原告正則は、入院一日につき三〇〇円を下らない諸雑費を支出して同額の損害を被つているものであるが、そのうち本訴においては昭和四四年一〇月一八日から昭和四五年一〇月三一日までの間(三七九日)に被つた損害一一三、七〇〇円を請求する。

300×379=113,700

(3)  逸失利益(原告正則)

一六、三六一、三七七円

原告正則は、本件事故当時、訴外札幌トヨペット株式会社に勤務し、一か月あたり二五、〇〇〇円の給与の支払を受けるほか、毎年給与の四〇割の賞与、一三、五〇〇円の石炭手当を支給されていたものである。そして、原告正則が右訴外会社に勤続していた場合には、少くとも、その給与額は、二一才から二五才までは二九、八〇〇円、二六才から三〇才までは三九、四〇〇円、三一才から六二才までは五〇、三〇〇円に昇給(昇給の時期はいずれも原告正則が当該年令に達した後の最初の四月一日限り)していたはずである。

ところが、原告正則は、本件事故による傷害により終生再び就労することは不可能となつた。原告正則は、本件事故がなければ、少くとも六三才に達するまで就労することができたはずであるから、その逸失利益は、次のとおり、合計一六、三六一、三七七円となる。

1、昭和四四年一〇月一八日(本件事故当日)から昭和四五年三月三一日までの逸失利益(五か月として計算)

25,000×(五か月分給与)

+25,000×2(賞与)=175,000

2、二一才から二五才までの間(昭和四五年四月一日から五年間。以下これに準ずる。)の逸失利益(昭和四五年四月一日を基準としてホフマン複式年別法により中間利息を控除する。以下同じ。)

(357,600(給与年額)+119,200(賞与)+13,500(石炭手当))×4.3643(ホフマン係数)=2,139,816

3、二六才から三〇才までの間の逸失利益

(472,800(給与年額)+157,600(賞与)+13,500(石炭手当))×(7.9449−4.3643)(ホフマン係数)=2,305,348

4、三一才から六二才までの間の逸失利益

(603,600(給与年額)+201,200(賞与)+13,500(石炭手当))×(22.2930−7.9447)(ホフマン係数)=11,741,213

175,000+2,139,816+2,305,348+11,741,213=16,361,377

(4)  慰謝料(原告ら)

原告正則は、本件事故による傷害により、前記のとおり、自律性を全く喪失して無動性無言症の状態にあり、今後治療を継続しても全く完治の見込はない。終生日常生活の起居動作の一切を付添人に依存し、結婚生活、社会生活も断たれたまま病床に横たわつていなければならない原告正則の死にも勝る精神的苦痛を慰謝するには、少なくとも三、〇〇〇、〇〇〇円の慰謝料が相当である。また、長男である原告正則への期待を全く損われ、一生不具の身で暮す同原告を見守つて悲嘆の生活を送らなければならない両親である原告正雄、同サトの苦痛は、原告正則が死亡した場合以上に大きい。原告正雄、同サトについては、各五〇〇、〇〇〇円の慰謝料が相当である。

四、(損害のてん補と弁護士費用)

原告正則は本件事故につき、自賠責保険金として、五〇〇、〇〇〇円を受領したので、その限度で同原告の損害はてん補された。しかし、被告は、その余の任意の弁済をしないので、原告らは本訴の提起追行を弁護士である本件原告ら訴訟代理人に委任し、原告正則は、弁護士費用として、着手金一〇〇、〇〇〇円を同弁護士に支払つたほか、成功報酬として一、〇〇〇、〇〇〇円を支払うことを約した。

五  (結論)

従つて、原告正則は、以上の損害金合計三六、七四二、九六〇円および弁護士費用一、一〇〇、〇〇〇円を請求しうるところ、本訴においては、右損害金内金二八、九〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四五年一二月一二日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金および弁護士費用一、一〇〇、〇〇〇円の支払を、原告正雄、同サトは、慰謝料各五〇〇、〇〇〇円とこれに対する前同日から前記割合による遅延損害金の支払を求める。

第四  請求の原因に対する答弁および抗弁

一、請求原因第一項(事故の発生)中、1ないし4の事実は認めるが、5および6の事実は否認する。同第二項(責任原因)の事実はすべて認める。同第三項(損害)中、原告らの身分関係および原告正則が訴外札幌トヨペット株式会社に勤務していたことは認めるが、その余の事実は否認する。同第四項(損害のてん補および弁護士費用)中、原告正則が本件事故につき、自賠責保険金として五〇〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、被告および訴外清水には加害車の運行に関して過失はなく、本件事故の発生は、ひとえに原告正則の過失に起因するものである。そして、加害車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたから、被告は、自賠法三条但書により、免責されるものである。

すなわち、訴外清水は、加害車を運転して本件道路を時速約二〇キロメートルの速度で進行してきたのであるが、本件事故発生地点の付近において右折しようと考え、その約三〇メートル手前から右折の合図を開始して本件事故発生地点である道路中央線左側にまで進行し、そこで停止していたところ、原告正則が原動機付自転車を運転して高速度で加害車の右後方から突進してきて加害車の右前部付近に衝突、転倒したものであつて、本件事故の発生は、もつぱら原告正則の過失に起因するものである。

三、仮に被告が責任を免れないとしても、原告正則にも本件事故の発生につき過失があるから、過失相殺がなされるべきである。

四、さらに、原告正則は、本件事故につき、その自認する五〇〇、〇〇〇円以外に三、〇〇〇、〇〇〇円の自賠責保険金を受領しているので、その限度において原告正則の損害はてん補されたものである。

第五  抗弁に対する答弁

被告主張の自賠法三条但書の免責の主張および過失相殺の主張は否認するが、原告正則が本件事故につき被告主張のとおりの自賠責保険金を受領したことは認める。

第六  証拠関係<略>

理由

第一本件事故発生の具体的状況

請求原因第一項(事故の発生)中、1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

そこで、本件事故発生の具体的状況についてみるに、いずれも成立に争いのない乙第一ないし三号証と証人清水勝利の証言(いずれも後記措信しない部分を除く。)を総合すると、次のような事実を認めることができる。

(1)本件事故の発生現場は、幅員約一三メートル、アスファルト舗装のされた平たんで直線の本件道路中央部分上であつて、付近の見とおしは良好である。本件道路における車両の最高速度は時速四〇キロメートルに規制されていた。本件事故当時は車両の通行量はかなり多かつた。なお、本件道路上には中央線の表示はなされていない。

(2)訴外清水は、加害車を運転して、時速約三五キロメートルの速度で本件道路を東進してきたのであるが、本件事故発生地点付近において転回しようと考え、あらかじめその約二〇メートル(乙第三号証)手前から右折の合図を始めるとともに、速度を時速二〇ないし三〇キロメートルに減速し、加害車の進路を本件道路の中央部分寄りに変更して進行した。訴外清水は、加害車の進路を変更する直前に後方の安全を確認したが、その際には原告正則の運転する自動二輪車は視認していない。

(3)右のような状態で約二〇メートル進行した訴外清水は、本件事故発生地点である本件道路中央部分付近において、対向車両の通過するのを待つべく、加害車をやや右斜めに向けて停車したが、その直後に原告正則が運転する自動二輪車が後方から加害車の右側前部に衝突し、その衝撃により原告正則は路上に投げ出されて転倒し、本件事故の発生となつた。訴外清水は、右に認定のとおり、加害車の進路を変更する直前に一度後方の安全を確認したほかは、対向車両の進行に注意を奪われていたため、加害車と原告正則運転の自動二輪車とが衝突するまで、右自動二輪車の進行には全く気付かなかつた。

(4)原告正則が自動二輪車を運転して加害車の後方から進行してきたのであることは両車両の衝突部位状況より推認することができるが、その他には右自動二輪車の進路、速度等を明らかになしうる証拠はない(この点に関する証人清水勝利の証言は、単に推測に基づくものであつて直ちに採用できない)。

前掲証拠中右認定に反する部分は措信できず、証人大竹市郎、同高山作太の各証言、甲第五ないし一〇号証もいまだ右認定を覆すに足りず、他に右認定を妨げる証拠はない。

第二被告の責任と過失相殺

請求原因第二項(責任原因)の事実はすべて当事者間に争いのないところである。そこで、被告の主張する自賠法三条但書所定の免責事由の存否ならびに過失相殺の適用について判断する。

本件事故の発生の具体的状況は、前項に認定のとおりであるが、このように道路上において自動車を転回させようとする場合においては、自動車運転者は、後続車の有無およびそれに対する安全を確認し、自車が進路変更、停止等をした場合にも後続車がこれに追突等をする危険がないかどうかを注意しつつ、方向指示器等によりその合図をなし、あらかじめできる限り道路の中央に寄つて徐行して進行する義務があることはいうまでもない。

ところが、本件においては、訴外清水は、転回しようとした約二〇メートル手前において一度後方の安全を確認したのみで、後続車の姿が見当らないや、直ちに右折の合図をすると同時に加害車の進路を本件道路の中央部分寄りに変更し、約二〇メートル進行して停止したものであつて、同訴外人の挙措は、道路交通法二六条二項、第五三条および道路交通法施行令第二一条等の規定に徴しても、かかる場合に採るべき措置として十全なものとはいい難い。原告正則の運転していた自動二輪車の進路、速度等はもとより、同原告の主観的事情を詳になしえない本件においては、仮に訴外清水が右交通諸法規の命ずるところに従い、後続車に対する安全を十分確認し続け、あるいは加害車の進路を変更する相当手前からその合図をしていたとすれば、本件事故の発生を回避することができたと断定することはできないけれども、また、そのような余地と可能性を否定し去ることもとうていできないところである。

従つて、結局、加害車の運転者であつた訴外清水において、加害車の運行に関し注意を怠らなかつたとの点について、証明が尽されなかつたというべきであつて、その余の免責事由の存否について判断するまでもなく、被告主張の免責の抗弁は理由がない。

他方、原告正則の主観的事情はこれを詳になしえないものの、前項に認定の事実関係よりすれば、原告正則にも、本件事故の発生について、前方不注視か不適切な運転措置あるいは車間距離不保持その他何らかの重大な過失があつたことはたやすく推認されるところであつて、過失相殺を適用すべく、本件事故によつて原告らが被つた損害のうち、その二分の一のみを被告に賠償させることとするのが相当である。

第三原告正則の傷病の状況

<証拠>を総合すると、次のような事実を認めることができる。

(1)  原告正則は、昭和二四年一月四日生れの健康な男子であつたが、本件事故により左側頭骨線状骨折、脳幹損傷、左急性硬膜外血しゆ、右急性硬膜下血しゆ、頭がい底骨折等の傷害を受け、意識不明のまま即日市立札幌病院に入院し、同病院において左硬膜外血しゆ、右硬膜下血しゆ除こう術、脳圧減圧術等の緊急治療を受け、その経過も一応は順調で、生命はとりとめ、同病院に入院したまま今日に至つている。

(2)  しかしながら、原告正則の傷害は脳損傷が大脳のみならず脳幹部にまで及んでいるため、本件事故後二年三月以上を経過した本件口頭弁論終結時においても、同原告の意識状態は入院当初からほとんど改善を示さず、半こん睡状態を続けている。すなわち、現在においても、同原告には発語、摂食、排便等の自律能は皆無であり、有害刺激(たとえばつぬるなどの刺激)に対しても逃避運動や発声はみられない。また、四肢の強剛が顕著であるほか、自発眼振、眼球偏位、対光反射両側欠如、どう孔不動等の諸症状がみられ、いわゆる植物性人間の状態で固定してきている。

(3)  従つて、原告正則は、現在においては、食物は栄養鼻導管を通じて摂取し、呼吸作用も気管切開を行つて管をそう入し、これによつて営んでいる状況であつて、二四時間の付添看護を必要とし、日常生活のすべてをその介助に待たなければならない。

(4)  以上の諸症状はほぼ固定したものであつて、現在の医療の中心は治療行為によりも保存行為に重点があり、今後治療行為を継続しても改善の可能性は期待できず、終生右のような症状が続くものと考えられる。自宅療養は、食物の経口摂取が可能となり、気管切開が閉鎖できる状態となれば、その可能性もあるが、現実的には不可能に近い。

(5)  一般的に、右のような症状にある者は、栄養障害、消化管出血、尿路感染炎その他の余病を併発しやすい状態にあり、当然、余命も通常人に比して短かい。しかしながら、原告正則の余命を、少なくとも何年という形においてさえ、予測することはできない。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

第四損害

一、原告正則の傷病の状況は前項に認定のとおりであるところ、同原告は、付添看護費用相当の損害および逸失利益を算定するにあたり、右のような最重篤の傷病にありながらも、なお同原告が平均余命を生存しうることを前提として、将来の回帰的費用相当の損害および逸失利益の現在額を中間利息を控除して算出し、一時払としてその賠償を求めている。

確かに、身体傷害による逸失利益の算定等にあたり、平均余命表に基づいて被害者の残存余命や就労可能年数を推認し、その期間に同人が得べかりし利益等より中間利息を控除してこれを算出する方法は一般に採られているところであつて、本来個別的事象の認定には必ずしも妥当しない平均余命表も、存命中の人間の死亡時期を予測する方法として他にこれにまさるものがないところから、通常の場合には、それなりに合理的なものとして用いられている。それによつて損害額の算定が個別的には不衡平な結果となることがあつても、それは一時払賠償という賠償形式に伴うやむをえない制約といわなければならない。

しかしながら、本件における原告正則のごとく、脳損傷の傷害を受け、その回復の見込みがないばかりか、その余命の幾何とも知れない最重篤の傷病人がなお平均余命を生存しうるとすることは、既に認定した経験則(前項(5)参照)に明らかに違反するところであつて、このような事情にない通常の場合と同一に論じることはとうていできないところである。また、逆に、このような場合、原告正則に対して向後生存しうる期間の立証を求め、本件においては、同原告の余命の幾何たるとも予測しがたく、その部分につき損害の立証がないものとしてその請求を棄却することは、一時払という賠償形式に固執する以上避けられないとはいえ、いかにも衡平に反する結果となる。

二、そこで考えるに、将来の回帰的費用や逸失利益より中間利息を控除して現在額を算出し、その一時払を命ずる通常の場合の賠償形式は、身体傷害それ自体あるいはそれによつて損なわれた抽象的な労働能力そのものを既に発生した損害として把握し、ただ、将来予測される費用や得べかりし利益をその損害額の算定の資料として用いているものと理解される。しかし、身体傷害による損害の把握の仕方がこれに限られねばならない理由はなく、具体的に生じた各期毎の費用の支出や収入の減少そのものを損害としてとらえることも可能である。そして、この場合の損害は各期末ごとに発生することになるが、これら損害と不法行為との間に因果関係があり、予めその発生時期と額を確定しうる場合には、民事訴訟法二二六条の要件を満す限り、いわゆる定期金賠償の形式を採ることも許されると解される。

本件においては、原告正則は付添看護費用相当の損害および逸失利益につき一時払賠償を請求しており、一時払という賠償形式に固執する以上は、口頭弁論終結後の支出や収入の減少に相当する損害部分の請求を棄却するほかないことは既に述べたとおりである。しかしながら、前記の損害把握の仕方のいかんは、もつぱら身体傷害による損害をどのようにとらえるかという法的評価の問題にすぎないから、そのいずれであるかによつて請求を異にするものではなく、従つて、一時払の請求に対して定期金給付の判決をすることは、あたかも現在給付の請求に対して履行期未到来の理由で将来給付の判決をする場合と同様、民事訴訟法一八六条に違反するものではないばかりか、右に述べた定期金賠償を命じうる要件を満たす以上、その限度で請求を認容すべきである。

本件においては、後記のとおり、口頭弁論終結時において、付添看護費用相当の損害および逸失利益につき、各期毎の損害額算定の基礎たる事実関係は確定しており、ただ、損害の発生が継続的であつてその終期を確定しえないために一時払賠償によることができないにすぎず、また、口頭弁論終結時に既に履行期にある部分について不履行があるのであるから、将来の部分の履行も期待できないことが明らかであり、民事訴訟法二二六条の規定する要件に欠けるところはないから、右損害については定期金賠償を命じうる限度において原告正則の請求を認容することとするのが相当である。

三、原告正則が昭和二四年一月四日生れの健康な男子であつたことは既に認定のとおりであり、原告正雄がその父、原告サトがその母であることは当事者間に争いがない。

(1)  付添看護費用相当の損害(原告正則)

原告正則の本件事故による傷病の状況、同原告が二四時間の付添看護を必要とし、日常生活のすべてをその介助に待たなければならないこと、そのような状態は同原告の終生継続するものであり、仮に将来自宅療養が可能となつても同様であることは既に認定したとおりである。そして、原告安藤サト本人尋問の結果によれば、本件事故後約三か月間は原告正雄、同サトおよび二名の近親者が原告正則に付添い、その看護介助にあたつていたこと、その後は原告サトと近親者一名あるいは原告サトのみで付添看護にあたつているが、約二時間毎に介助を要するため、一人の付添看護人でこれにあたる場合には、就眠することも困難であることが認められる。

このように、客観的に少くとも二人以上の付添看護を必要とする状態にある以上、実際は一人の肉親が無理を強いてこれにあたることがあつても、なお二人の付添看護人による付添看護費用相当額の損害の賠償を求めうると解されるので、原告正則は、本件事故の日である昭和四四年一〇月一八日からその死亡するに至るまで、二人の付添看護人による付添看護費用相当額としてはそれを下ることのないことが当裁判所に顕著な一日あたり二、〇〇〇円の割合による損害中、同原告の前記過失を考慮して、被告に対しその二分の一の損害を毎月末日限り請求しうることとするのが相当である。

(2)  入院諸雑費(原告正則)

原告正則が本件事故の日である昭和四四年一〇月一八日市立札幌病院に入院し、そのまま現在にまで至つていることは既に認定したとおりである。そして、本件事故による原告正則の前記傷病の程度と治療の状況に弁論の全趣旨を併せ考えると、同原告がいわゆる入院諸雑費として一日あたり少なくとも三〇〇円を下らない費用の支出を免れず、同額の損害を被つたことは容易に推認しうるところである。

そこで、過失相殺を適用して、右の損害中、昭和四四年一〇月一八日から昭和四五年一〇月三一日までの間(三七九日間)につき、一日あたり一五〇円の割合による損害を被告に賠償させることとする。

(3)  逸失利益(原告正則)

原告正則が昭和二四年一月四日生れ(本件事故当時二〇才)の健康な男子であつたことは既に認定のとおりであり、同原告が当時訴外札幌トヨペット株式会社に勤務していたものであることは当事者間に争いがないところ、前項に認定した同原告の傷病の状況に照すと、同原告がその終生にわたり再び就労しえないであろうことは明らかである。

そして、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第三号証の一、二によれば、原告正則は本件事故当時訴外札幌トヨペット株式会社から一月あたり二五、〇〇〇円の給与の支給を受けていたものであること、本件事故がなく、原告正則が右訴外会社に勤続しえていた場合には、同原告は昭和四五年四月一日から昭和五〇年三月三一日までは少なくとも一月あたり二九、八〇〇円、昭和五〇年四月一日から昭和五五年三月三一日までは少なくとも一月あたり三九、四〇〇円、昭和五五年四月一日から昭和八七年一月三日までは少なくとも一月あたり五〇、三〇〇円の給与の支給を受けられたはずである(原告正則の主張する賞与および石炭手当については、同原告がこれらの支給を受けていたこと、あるいは受けえたであろうことを認めるに足る証拠がない。)ところ、本件事故による傷害により、それが不可能となつたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そこで、原告正則の前記過失により過失相殺を適用して、同原告が昭和四四年一〇月一八日以降に右のとおり得べかりし給与の二分の一を同原告の死亡するに至るまで毎月末日限り被告に賠償させるのが相当である。

(4)  慰謝料(原告ら)

原告らの身分関係は前記のとおりであり、原告安藤サト本人尋問の結果によれば、原告正則は昭和四二年三月に高等学校を卒業し、しばらく札幌市内の電器店に勤務した後、自動車の運転免許を取り、昭和四四年九月に訴外札幌トヨペット株式会社に就職したばかりであつたこと、原告正雄は農業協同組合に勤務し、原告サトは農業に従事するものであること、本件事故後は原告サトは原告正則の付添看護のためにほとんど農業に従事することができないでいることが認められる。

既に認定したとおりの最重篤の傷害を受けたことによる原告正則の精神的苦痛はまことに大きいというべく、同原告の前記過失を考慮しても、慰謝料としては二、二五七、一〇五円が相当であり、また、両親である原告正雄、同サトにとつても原告正則の右のような傷害はその死にも勝る精神的苦痛をあたえるものというべきであるから、その慰謝料としては各二〇〇、〇〇〇円が相当である。

第五損害のてん補と弁護士費用

原告正則が本件事故につき自賠責保険金として合計三、五〇〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。してみると、原告正則は本件事故による損害中昭和四四年一〇月一八日から昭和四六年一二月三一日までの付添看護費用相当の損害、入院諸雑費、昭和四四年一〇月一八日から昭和四六年一二月三一日までの逸失利益および慰謝料はこれによりてん補されたことになる。

1、付添看護費用相当の損害

805×1,000=805,000

2、入院諸雑費

379×150=56,850

3、逸失利益

4、慰謝料

2,257,105

805,000+56,850+381,045+2,257,105

=3,500,000

そして、弁論の全趣旨によれば、被告は残余の支払をしないので、原告らは本訴の提起追行を弁護士である本件原告ら訴訟代理人に委任し、原告正則は、弁護士費用として着手金一〇〇、〇〇〇円を同弁護士に支払つたほか、原告らの請求が全部認容されたときの成功報酬として一、〇〇〇、〇〇〇円を支払うことを約したことが認められる。

そこで、本件事案の性質等に鑑み、弁護士費用中一〇〇、〇〇〇円を被告に負担させることとする。

第六結論

以上のとおりであるから、被告は、一時払金として、原告正則に対し弁護士費用一〇〇、〇〇〇円を、原告正雄、同サトに対し慰謝料各二〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四五年一二月一二日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるほか、定期金として、原告正則に対し、付添看護費用相当の損害および逸失利益の損害として昭和四七年一月一日から同原告の死亡するに至るまで、毎月末日限り、昭和五〇年三月三一日までは一月あたり四四、九〇〇円を、昭和五〇年四月一日から昭和五五年三月三一日までは一月あたり四九、七〇〇円を、昭和五五年四月一日から昭和八七年一月三日までは一月あたり五五、一五〇円を、昭和八七年一月四日以降は一月あたり三〇、〇〇〇円を、被告が期限を徒過したときはそれに対する民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金を付加して支払う義務がある。

よつて、右の限度で原告らの請求を認容し、その余の原告らの請求は失当であるからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (村上敬一)

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